« 2008年3月7日 | トップページ | 2008年3月22日 »

2008年3月20日

2008/03/20

知事、今度はカラーコピーですか 2

コピーの問題をコストの点から考えた場合、コピー機の機能や料金システムについて整理しておく必要がある。実はこれがコピーにかかるコストの削減においてかなり重要ではないかと考えている。

コピー機は使った枚数をカウントしていて、それによって課金されるというシステムになっている。機械をリースしてもらったらあとは消耗品を補給するだけで使い放題、というわけではないのだ。(そうではない形態もあるだろうが、ここではそのケースを元に話を進める)
コンビニのコピー機と同じしくみで、単純明快だ。だが、コピー機の機能が多様化する中で落とし穴がある。

最近のコピー機は、プリンタやファクスとしても使える。ところがこういった用途に使った場合でも、コピーと同様にカウントされるのだ。(コピー機の営業担当者に聞いたところそういうことだった)
だが、コピー機にそういう機能が備わる前からプリンタが導入されているので、それを使えばカウントされることなく印刷できるのだが、たいていはコピー機を使って印刷しようとする。
なぜなら、早いし、カラー印刷が可能な場合もあるし、A3が使えるし、両面印刷もできるからである。そうやって出力機のコピー機への一極集中がおこり、ますますカウントが増えるのである。
私はそれを是正できないかと思ってそういう情報を流してみたことがある。だが、メーカーは新しい機器を納入した際に職員のパソコンの設定まで行うわけだが、その時に設定された「通常のプリンタ」をわざわざ変えるのは、パソコンのことを良く知らない職員には難しい話だし、なぜ新しいのを使えないのかという心情もはたらくし、その重要性といってもコスト意識が希薄な中、理解してもらうのは簡単ではないと感じた。

橋下知事が目の敵にしたカラーコピーだが、デジカメの普及によって画像入りの資料が簡単に作れるようになり、カラーならではという場面が増えたこともある。工事現場の写真などはまさにこの類いである。白黒だとなんのこっちゃわからん写真が、カラーだと一目瞭然なのだ。そういう時にカラーを使って何が悪い、という声があがってもおかしくはないと思う。
また、エライ人は分りやすい資料を好む。写真や絵が入っていて、ひと目で分る資料でないと、ちゃんと話を聞いてくれないことだってある。そういう空気がカラーコピーの使用をあまり問題視していないというケースもあると思う。

そんな感じで、役所と紙文書(昔は木簡?)の関係はおそらくこの世に行政機関が誕生したときから続いているもので、非常に根が深く、単に数十円の話では終わらないのだ。
コピーにかかるコストを問題にするのなら、そこまで深く突っ込んで、徹底的にやらなければ何も変わらず、すぐにもとの木阿弥になってしまうだろう。

橋下知事の目線はド素人のものだ。だが、きっかけとしては悪くはない。要は首長として、それをどこまで根本的な解決に持って行けるかということだ。
やるならぜひとも最後までやり通して欲しいと思うが、根の深い問題だけに、真剣に取り組み始めたら、メディア向けパフォーマンスなんかやっていられないんじゃないだろうか。
それだと彼はフラストレーションが溜まるだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

知事、今度はカラーコピーですか 1

橋下知事の今度の施策はカラーコピー禁止令だそうだ。
そんな10円20円といったみみっちいことをこまごま言わずに、知事なんだから、もっと大きな施策をやってよ、なんて思いつつも、これについては自分も悩ましく思ったことがあるのでまとめてみる。

そもそも役所というところは非常に紙をたくさん使う。全く、いやになるほど紙だらけだ。そして置き場がなくなるほどたくさんの紙を捨てている。

なぜか、それは何事も文書で残すという仕事上の決まりと、それによって染み付いた習慣が役所という組織の中にあるからだ。(その一方で、厚生労働省のように、都合の悪いときは必要な書類が存在しなかったりするが・・・)

文書で残す理由、それは意外かもしれないが、税金を正しく使うためである。
役所で行う事業はすべて税金で賄われている。そのため、適正に使われたことを確認するための検査があり、国費の場合は会計検査院により検査が行われる。その時に証拠として示せるよう、すべて書類を残しておかなければならないのである。
役所では民間企業のように市場の評価がない代わり、金の出所である納税者によって評価が行われるわけだが、それを代行しているのが会計検査院といえるだろう。だから事業部局にとって会計検査はまさに一年で最も緊張を強いられる最大のイベントでもあるのだ。それを無事にこなすため、どんなことを聞かれても答えられるよう、あらゆる資料を保存しておくというのが習性になっている。つまり、コピー代の一部は公費の適正な執行を監視するためのコストでもあるわけだ。

ただ、コピー機やプリンターが登場して高速化したことで、文書作成作業はどんどん簡単になり、必要性の低いものにまで利用されるようになった。それに反比例して印刷にかかるコスト感覚は限りなくゼロに近づき、一枚コピーするのにもお金がかかっているという感覚を失わせてしまったのだ。

現在、コピー使用のブレーキになっているのは、コスト意識に基づくものではなく、CO2排出量削減というものだ。コピーする量を減らせといっても、業務のやり方が変わらない限りそれは無理だ。だから古紙配合率や再生紙の利用といった方向に向かうことになる。(その挙げ句の果てが古紙配合率の偽装というお粗末な事態なのだ)

さすがにこれでは際限がないと、電子決裁システムなどを導入してペーパーレスに向かおうとしているのだが、長年紙に親しんだ人がいきなり液晶画面の電子データに移れるかというと、そういうわけにもいかない。会計検査院も電子データでの検査を容認しているようだが、検査を受ける方としては検査員の心象を悪くするようなことは避けたいし、電子化に向かないものもあるわけで、完全に電子化というのは有り得ない。
かくして従来の紙文書と電子文書が共存し、どちらを使うかはその部署や個人の熱意次第というのが実情ではないだろうか。

それを「職務怠慢だ」などといって役所を攻撃したい人には一つ考えて欲しいことがある。
今年の確定申告で、パソコンを使うよう強制された、という苦情があったそうだ。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080222k0000m040165000c.html
これは国税庁が電子化を進めていて、できるだけそちらを利用してもらおうという熱意がアダになった例だと思うが、機械の得手不得手もあり、紙から離れることは簡単ではないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

橋下府知事が持ち込む原理主義2

全面禁煙を「職務専念義務」という錦の御旗で断行する府知事だが、民間では分煙さえできていれば比較的自由に吸えるのが現実だと思う。
そもそも職務専念義務というのは、公務員の身分の保証と対になったもので、地位を与える代わりにしっかり仕事をしなさいという枠組みとして設定されているものだと思う。
民間なら業績という客観的な評価があるので細かいことを考えなくても自然と淘汰されるし、その中でやり方も決まっていく。
だが、それがない公務員では事前に決めておかなくては何をしでかすか分らない、だからそういう枠組みを決めた、という性質のものだ。だからそれが設定されたときはたばこ問題など想定していなかったから、運用上の対処となるわけだ。

その運用を文面通りガチガチに行うという姿勢はまさにタリバンの原理主義と同じだ。
原理主義がはびこるとどうなるかはアフガニスタンを見れば良く分るわけだが、とにかく自由にものが言えなくなり、過激な主張が幅を利かすようになる。その傾向が既に現れている。
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200803180094.html

騒ぎに便乗して抗議メールをするような人はあまりよく分っていない人だと思うが、言動が注目を集めるだけに外部の反響も大きく、もはや何事も庁内だけの問題では済まなくなっているというのが実情だろう。外の目を気にしていなかった人達には多少の刺激となって良いのかもしれないが、外部と接する職場の人にとってはやりづらいかもしれない。

ともかく、こういったことが行き過ぎるのは良くない。
注目されているという緊張感はあって良いが、ブログの「炎上」みたいに誰かを集中攻撃したりするのが建設的とは思えない。
そのへんをうまくやって欲しいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

橋下府知事が持ち込む原理主義1

橋下府知事の言動は相変わらずだが、気になる記事があった。
http://www.asahi.com/national/update/0319/OSK200803190079.html

私は吸わないのでたばこは無い方が良いと思っていたし、勤務時間中にちょくちょく吸いに出る人のことを快く思わなかったのは確かだ。
確かに公務員には職務専念義務というのがあって、勤務時間中に他のことをしてはいけないという明文化されたきまりがある。
これまでも喫煙所が用意されているという事実、すなわち喫煙者にだけ喫煙のための休憩時間が認められている、という事実に対しては批判があった。だから原理原則に基づけば当然そうなる、ともいえる。

ただ、10年くらい前までは喫煙所すらなかった。というのは、そもそも分煙という考え方が無く、仕事をしながら自席で吸えたからである。この場合職務専念義務の問題は発生しない。
ところが分煙するようになって以来、吸う人は喫煙所に出向かなくてはならなくなり、そこでは集団で煙を吸入する姿が目立つし、それがあからさまな休憩時間になってしまうことから問題が顕著になったわけだ。

個人的にはたばこの煙は嫌いだし、喫煙所もない方が良い。喫煙者だけ休憩時間があるのも腑に落ちなかったので、反対する理由はない。ただ、それが本当に業務効率の向上につながるのかということになると疑問がある。

たばこをやめられない人は、依存症という病気だと思う。「ニコチン補給」ができなくて余計イライラしてミスを犯したりしないだろうか。
職務専念義務というお題目による禁煙強制ではその部分の手当てが抜け落ちている。もし完全な全面禁煙をやるのなら、喫煙者に禁煙プログラムを受講させるとか、そういったこととセットにしなければ、トイレで隠れて吸ったり、禁煙にならない議会棟に「出張」して吸ったり、そういったケースが必ず出てくるはずだ。やめられるものならとっくにやめているさ、という人も少なくないのではないだろうか。
強制だけで物事が良くなるとは思えない。多くの「依存症患者」を身近に見てきただけに、実感としてそう思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月7日 | トップページ | 2008年3月22日 »