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2007年3月9日

2007/03/09

談合の構図

国交省に対し、公取が官製談合防止法を適用し、改善措置を要求した。

談合を排除すべき発注者がむしろ誘導していたという嘆かわしい事態だが、実際は驚くに値するほどの話ではない。公共事業という特殊な世界では事実上市場原理が存在しない代わりに談合というメカニズムが延々と続いてきたからだ。そもそも、分野によっては公共工事に競争原理を導入すること事態に困難がつきまとう。どういう発注方法が最善なのかは常に難しい問題である。

受注側は一般民間企業である以上、利益を確保しなければならない。ところが水門など、公共工事でしか需要のない製品は発注量が限られ、企業にとっては自分たちの努力で利益を確保することが難しい。どんなに意欲があろうと、モデムを無料で配布して需要を掘り起こし、シェアを拡大するという、Yaoo BBみたいな戦略は取りようがないのである。そういう意味でリスクの大きい市場であり、だからこそ受注できた時はしっかり利益を確保しておきたいものなのだ。
もし競争原理が理想的に働くならば、淘汰によってこの業界の業者は今の何分の一かに集約されてもおかしくはないはずだ。

しかし独占が進むと淘汰される企業だけでなく、発注者側も困るのが現実である。
発注は競争原理を前提としており、複数社の見積もりと競争入札によって価格を決めるが、これがもし独占によって一社しか受注能力がなくなれば、発注者も困るのだ。
残った一社は独占的な立場を利用して価格を自由にコントロールできるようになる。そうなるとその価格が適性かどうかの判断ができなくなり、説明つかなくなるからだ。
だから、たとえ競争とは名ばかりの、一社しか受注能力がないと思われる工事でも、複数社による競争入札が成立すれば、それだけで価格の正当性は担保される。つまり発注者としては難題を抱え込まずに済むことになるわけだ。形の上での競争入札が成立しさえすれば、企業も役所もお互いハッピーなのだ。

そうなると発注者と企業は利害が共通し、当然接近することになり、さらにはOBの再就職というもう一つの利害関係も抱えて、発注者が各企業に配慮するようになるのは当然である。また、時にはこれに政治家の圧力が加わって競争が阻害されることもある。要するにそういった構図によって談合は温存されてきたわけだ。


もし談合を本気で根絶するならば、ガチンコの競争原理の導入を徹底すると同時に、競争原理が働きにくい市場においてどのようにその価格の正当性を評価するか、その方法について真剣に考える必要がある。
例えば国産ロケットの開発は三菱重工一社で行うようになったが、そのような方式を適用する範囲を検討してみるべきかとも思われる。(公取は公共工事については指摘する反面、同じ独占的商品であるWindows OSのなどについては問題にしていない。それはそれで問題ではないかと思ったりもする)


現場では常に多くの工事を抱え、滞り無く工事を発注し、完成させたいとの思いがある。そのためには入札が無事に行われることが最も重要なことのうちの一つである。そういった現場の苦労を十分理解した上での入札制度や周辺の改革でなければ、実効は伴わず、談合への誘惑を断ち切ることはできないだろう。

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