« 2005年4月30日 | トップページ | 2005年5月15日 »

2005年5月14日

2005/05/14

土木と情報

 土木屋の人間が行政組織の土木系部門で重要なポストを占めることはすでに述べた通りだが、彼らが比較的不得手とする分野がある。それは情報に関する分野である。
土木という世界はまさに土と水と空気という実態を伴うリアルな物質を相手にした、物理学的・工学的に説明できるものを相手にした仕事であり、そこは常に目で見え、手で触れることができる世界である。ところが情報というものは全く逆で、人間の頭の中にのみ存在し、手で触れる事もできないし、実態としてとらえる事のできない、感覚的なものである。このことから、いわゆる土木屋の人間は情報の扱いに疎く、IT化の流れについて行っていないと感じることがある。
彼らも情報の重要性は十分分かってはいるし、多くの情報システムをすでに持っていて、活用してきた歴史はある。しかしそれらはあくまでも自然現象を観測するとか、そういったレベルの話であり、人間と人間の間の情報のやりとりではなく、そういった面に関しては疎いのだ。

 例えば去年、台風による水害などで、住民や地元自治体にうまく情報が伝わらなかったために被害が拡大したというケースがあった。関連機関が連携をとり、また住民に適切に情報を伝える事で被害を最小限に抑えるという発想がそこにはなかった。しかしその反省の結果といえば、またお得意の公共工事であり、堤防を強化するという土木工事による対策である。十分な金があるなら、環境面での問題がないならそれもよかろう、しかし情報提供・連携の強化という面での対策はなされているのだろうか。私には彼らはそういった苦手分野を避け、従来型の対策だけで解決しようとしているのではないかと危惧している。もしそうだとすれば、ハードの領域でしかものを考えられないという土木屋の限界がそこに見て取れ、外から見ていて何とももどかしい。

 だが、彼らにしても、経験のないことはやりにくいのは事実である。むしろ組織・人間を今の時代に対応できるよう変えなくてはならないのである。
行政機関において理系・文系すなわち土木系・法律系といった色分けは、自然科学の法則に従って動き、手で触れることができるものを扱うのは理系、規則によってコントロールし、手で触れられないものを扱うのは文系、といった区別であるように思われる。そしてこれが情報分野を文系が担当する理由になっているように思う。だから文系を置かない土木系組織では、人間対人間の情報伝達、すなわちIT技術の活用が下手ということにつながっていると感じる。こんな文理の垣根は実際のところ全く不要であり、有害でしかないのだ。

 阪神大震災は、こういった面での問題点をはっきりと示した。そしてその後、防災・危機管理対応重視が叫ばれ、災害現場の情報収集や情報の共有についてかなり対策が進んだ。
災害対策、緊急時の対応というのは文理も組織の区別もなく、すべてが有機的に関連・影響しあうものであり、それらが効果的に機能することで初めて達成されるものである。震災はそういった組織の壁を乗り越え、突き崩す一つのきっかけになったといえる。
だが行政機関というものはそもそも縦割りの壁を作るべきではないし、すべての組織が有機的に連携している状態を目指すべきなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年4月30日 | トップページ | 2005年5月15日 »