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2005年4月26日

2005/04/26

惨事の遠因

 JR西日本の大惨事の直接の原因はこれから解明されていくところだが、漏れ聞くところによると会社の体制にも少なからず問題があったのではないかという指摘がされている。
同社の労組によれば、オーバーランを繰り返すなどミスをした社員は、草むしりなど、いじめのような日勤を受けるのだそうである。それが40メートルを8メートルと言い換えるウソを誘発した事は想像に難くない。

 そもそもなぜJRがそういう姿勢になったかと言えば、一つには私鉄王国と言われる関西圏の鉄道事情がある。かつて電車といえば私鉄、というような感覚がこちらにはあり、サービスの悪い事の代名詞でもあった国鉄は、利用客に支持されていなかった。分割民営化後JRになってからはその利便性は格段に良くなり、収益も上がった。阪神大震災の被害からの立ち直りが早かったことも私鉄各社に比べて有利だったし、並行に走る何本もの線路を持つことは、強みだった。

 しかしJRという会社が国鉄という前身を持つ事実に変わりはない。
その時代、国鉄は多額の赤字を抱え、どうにもならない状態だった。サービスの向上につながる試みをしようにも組織が役所のシステムで動いてたため、手足を縛られた状態で、自分ではどうにもできなかったのである。そうしているうちにどんどんサービスが低下し、赤字が膨らみ、利用客も伸び悩んだわけである。
それに引き換え、今、JR西日本が利益追求に走る姿は、その頃の反動のようにすら見える。
そして国鉄時代、組合の力が強くて、それをどう抑えるかが問題だったのに対し、現在のJRでは、社員はひたすらこき使われているようにすら見えてくる。
そのような労使の極端な力関係は、当然の事ながらどこかに歪みを生む事になり、それが今回の事故の一つの要因となったのかもしれない。

 さかのぼれば、国鉄という役所的組織の末期的症状が今のJRを生み、その組織の性格が今回の事故を生んだと言う事もできるのではないだろうか。
最近問題が多いJALにしても、元は国営会社といった性格があるため、同じような役所的組織風土があっておかしくない。だから競争激化に伴って余裕がなくなると、すぐに現場の人間にしわ寄せが行き、最近の問題多発ということかもしれない。つまり、役所的な性格の組織は、競争に対して非常に脆弱なのではないかということだ。

 競争に晒されると、人は知恵を絞って生き残ろうとする。民間ならそれが普通のことなので何でもないが、競争のない世界の人間が突然そこに放り出されると、過剰反応して極端な方向に走ってしまうのではないだろうか。また、これはワンマン経営者の会社にもあてはまる事だが、組織内に多様な意見や考え方があれば、極端な方向にはそう簡単には行くまいが、そういったものがないと簡単に極端に走りやすい、ということだ。役所は基本的に多様な意見を尊ばない所だから、そういう面では弱い。

 このことは、日本という国がこれからの世界で生き残るためにはどうすればよいかを考える材料にもなる一つの見方である。

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