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2005年4月17日

2005/04/17

「反日」の源流

 まだまだ収まる気配のない中国の反日デモだが、それらの反日運動についてそれらに関係のある事項を整理して考えてみる。時間の流れとごく基本的な事実を順に追うと、次のようになる。

 1 日本の韓国併合・中国支配
 2 敗戦・撤退
 3 平和憲法施行・国際社会への復帰
 4 冷戦下の国内体制
 5 A級戦犯の合祀判明
 6 小泉首相の靖国神社参拝
 7「自虐史観」否定の歴史教科書・常任理事国入りをめざす
 8 反日運動

 まず1,2までが戦争と直接関係のある部分。そして3から戦後が始まる。以後しばらく日本はいわゆる「自虐史観」による歴史認識により、「反省」を示していたということだ。しかしその一方、4では1950〜80年代まで、戦没者遺族の思いが政治的にも利用され、総理大臣は何度も靖国神社に参拝を繰り返している。

ところが1979年に5が判明して国内問題では済まなくなってくる。戦争犯罪人を祀り、それに手を合わせるということは、彼らの起こした戦争を否定していないと受け取られるからだ。

その後政府要人の靖国神社参拝は周辺諸国から厳しく批判され、戦後の「反省」について疑問の目を向けられる事になる。そして近年の出来事として6,7があり、それらのマグマが溜まったところで、竹島・尖閣諸島問題・国連常任理事国入り表明を引き金とし、8に至るという具合だろう。

 靖国神社を巡る問題は非常に複雑である。日本では許される曖昧さがそれを招いたとも言えるのだが、それは一方で靖国神社を政治的に利用したいものにとっては結構都合の良いことでもあり、対外的には問題解決を困難にしている。

 われわれは、自分たちに対し、誇りを持って生きたいと思う。その誇りは自分たちの先祖を尊敬する気持ちから生まれる。ところが、戦後の教育、戦争の反省のあり方は、何もかも悪かったと、すべてを否定する「自虐史観」であるとの批判から、それを否定した「つくる会」のような教科書が生まれた。
そのような空気は、われわれにとって決して居心地の悪いものではなく、「もっと自信を持って良いのだ」という気持ちを抱かせる。

しかしそれが周辺の国にとっては「反省していない」と受け取られ、「反省せよ」との行動を招いているわけだ。気持ちのすれ違いでもあるわけだが、何でも曖昧に事が片付く日本人と、それを許さない外国人との文化的ギャップもあるだろう。もしその気があるのなら、首相が直接相手国首脳に対し、「過去は反省している、しかしわれわれも先祖を尊敬しなくてはならない」と率直に語り、理解を求めればこんなにすれ違いはおおきくならなかったはずである。少なくとも、どこかに落としどころを見つけることができたはずである。

少なくとも今のやり方は、昔のようなやり方で自分たちの誇りを取り戻そうとしているように見え、未来指向という言葉とは裏腹に、むしろ言っている本人が過去にとらわれているようにすら見える。

 たとえば、原爆投下について、アメリカはそれを虐殺とは見ず、戦争の早期終結を導いた良い決断だったと考えている。以後今日のイラク攻撃に至るまで、同じ思考パターン、同じ論理で全く「反省」していない。

そのような、一方が正しく、一方が間違っている、といったことは人間にはありえず、正しいときもあれば間違う事もある。だから間違っていてもそれを認めれば許してほしいと思うが、現実には人間はなかなかそれができない。そして正しいということは勝ちにつながり、勝ちは権力につながる。自分の権力を維持するためには自分は間違ってはならず、常に悪いのは相手で、相手を負かさなくてはならない。それが一神教が優位なこの世界の現実である。
何がどうあれ、日本は戦争で負けたという以上、対外的にはそのような立場を取らざるを得ないわけだ。

もし国内と同様、勝ち負けを溶解して水に流すような方式を望むなら、そういう哲学を理解してもらえるまで広めなくてはならないだろう、それが可能かどうかは別として。それがなければ互いのギャップは広がるばかりである。少なくとも、外交には常にそういった努力が求められる。それこそが過去に学ぶということではないだろうか。

靖国の問題については岩波新書「靖国の戦後史」(田中伸尚著)の一読をおすすめします。

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